インド科学 《医学・天文学・占星術》

古代インドで、学術書とよばれていたものは、ビンテルニッツM. Winternitzによれば、文典学、辞典、哲学、律法論、実利論、情事学、医学、天文学・占星術、数学であった。

このなかで自然科学に属する学問は天文学、数学、医学である。

物理的な自然学は哲学のなかで論じられ、一つの独立した学問になりえなかった。

紀元前600年ごろから前200年ごろに学問の分化が始まった。

ベーダの補助学として6学問がおこった。

自然科学に関係した学問は暦法学と祭事学の一分科『シュルバ・スートラ(紐(ひも)の原理)』ulva-Straである。

暦法学はバビロニアの影響を受けた初歩的な暦法を記している。

『紐の原理』は祭りの祭壇をつくるために必要な幾何学的方法を述べている。

このように始められた天文、数学は499年に著された『アーリアバティーヤ』ryabhayaによって初めて体系化された。

また、医学は古くから尊ばれ、のちにアーユルベーダyur-vedaといわれ、ベーダの一分科と考えられるようになった。

2~3世紀ごろに『チャラカ・サンヒター(チャラカ本集)』Caraka-sahit、『スシュルタ・サンヒター(スシュルタ本集)』Suruta-sa.hitが成立し、医学が初めて体系化された。

錬金術は医学の一分科として発達し、8世紀ごろには独立した錬金術書、『ラサラトナーカラ』Rasaratnkaraが著された。

一方、哲学のなかで論じられた物理的な自然学は原子論および運動論であった。

紀元前2世紀ごろから哲学界では、バラモン教典を発展させた六派哲学が現れ始めた。

この六派哲学のうち、バイシェーシカ哲学はインドにおける自然哲学の最大の学派で、その書物のなかに原子論と運動論が書かれている。

以後、哲学界では仏教、ジャイナ教、六派哲学が栄えた。
update:2010年01月31日